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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)13959号 判決 1969年10月01日

原告 山田美幸

<ほか一名>

原告ら訴訟代理人弁護士 赤井文弥

被告 高野伊佐男

<ほか二名>

被告ら訴訟代理人弁護士 後藤信夫

同 遠藤光男

同 後藤徳司

主文

被告らは各自原告山田美幸に対し金八四万六九六〇円およびうち金七七万六九六〇円に対しては昭和四二年七月二二日以降、うち金七万円に対しては昭和四三年一月一八日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被告らは各自原告山田雪子に対し金六七万三四八〇円およびうち金六一万三四八〇円に対しては昭和四二年七月二二日以降、うち金六万円に対しては昭和四三年一月一八日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

被告らは連帯して原告山田美幸に対し四一三万四〇六七円およびうち三九三万四〇七六円に対しては昭和四二年七月二二日以降、うち二〇万円に対しては昭和四三年一月一八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被告らは連帯して原告山田雪子に対し二五四万二〇三三円およびうち二四四万二〇三三円に対しては昭和四二年七月二二日以降、うち一〇万円に対しては昭和四三年一月一八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

なお、仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一  事故の発生

請求の原因第一項記載の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  事故の発生につき被告高野に居眠り運転の過失があったこと、被告飛田が事故車を所有し、被告会社がこれを業務用に使用していたことは当事者間に争いがない。

(二)  事故発生に至るまでの経緯

1  ≪証拠省略≫によれば、次のような事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

俊雄と被告高野は、事故発生の日の前日である昭和四二年七月二一日朝、同被告が運転する事故車で東京を発ち、同日夕刻まで出張先で仕事をした。同所には二、三日滞在する予定であった。ところが、俊雄の妻原告雪子は、そのころ銭湯で貧血を起して倒れ、救急車で病院に運ばれた。そして、同日午後九時ごろ初台の自宅(アパート)に帰ってから、人を介してそのことを谷本班の責任者である谷本に知らせ、目黒から妻とともにかけつけた同人に対し、俊雄にすぐ帰宅するようにとの連絡を頼んだ。谷本はこれを快く引受けたかどうかはともかく同日午後一一時ごろ出張先の俊雄に電話し、同原告の病状および意向を伝えた。知らせを受けた俊雄は、妻の様子を見に帰るべく、被告高野に事故車の運転を頼んだ。すでに眠りかけていた同被告は、「ねむいから明日にしてくれ。」といったが、結局は断りきれず、翌二三日午前〇時すぎ、俊雄を助手席に同乗させて出張先を出発した。

なお、俊雄は自動車の運転ができず、出張期間中は被告高野が事故車を保管していた。出張先から東京までは、自動車で夜間四時間位かかり、深夜列車の便はない。

2  谷本が俊雄に対し事故車の使用を禁止したことを認めるに足りる証拠はない。もっとも、証人谷本の供述中には、「車は危ないから止めろ。明日帰れ。」と指示した旨の供述部分がある。しかし、右供述部分は採用しない。

また、俊雄が職務上の地位を濫用して被告高野に事故車の運転を暗に強要したことを認めるに足りる証拠もない。≪証拠省略≫によると、同被告は、自己の刑事裁判の公判廷で「強制的に運転を命ぜられた。」と供述しているが、これは、俊雄が谷本班の副班長格であったことから、その申出を断りきれなかったというのであって、俊雄に運転を強要したといえるような具体的な言動があったという趣旨ではないのであるから、かりに申出を受け入れた同被告の主観的事情が右のようなものであったとしても、そのことから右事実を認めることはできない。

(三)  抗弁(一)の1ないし4について

被告らが右抗弁を理由あらしめる事実として主張するもののうち、主要なものと考えられるのは、谷本が俊雄に事故車の使用を禁止し、俊雄が被告高野にその運転を暗に強要した事実であるが、これは、右のとおり認められない。したがって、ここで検討すべきことは、事故車の使用目的が前記のとおりであったことと、被告高野に予定外の深夜運転をさせたこととの二つの事情が右抗弁を理由あらしめるに足りるかどうかの点につきる。しかして、この点は否定的に断ぜざるをえない。けだし、俊雄は留守宅に不測の出来事が起きたため帰宅するというのであって、この使用目的それ自体は、被告会社および被告高野が、使用者ないし運転資格を有する同僚として、そのため便宜をはかることこそすれ、事故車の提供ないし運転を拒絶する事由にはならないものと思われるし、このような使用目的の下における運行が俊雄に利益を与えるものであるとしても、業務従事中の従業員に便宜を供したことによって被告会社が被告高野の運転を介して事故車の運行を支配していたという事情が変るものではない。結果的には不幸な事態を招いたがもともとは被告らが俊雄のために好意的にとりはからったことであったという経緯を原告らの慰藉料額の算定にあたって斟酌すれば足りる。予定外の深夜運転の点についても同じことがいえるのであって、被告高野が居眠り運転をしかねない状態にあり、同被告に事故車の運転を依頼したことにつき俊雄に過失があったことは否定できないけれども、前日の行動からみて同被告が正常な運転を期待できないほどの状態にあったとは到底考えられないから、俊雄に右のような過失があったからといって、俊雄が本件事故当時事故車の運行を支配していたとみることはできないし、まして、被告高野の過失による生命侵害が法のもとで正当視されうる余地はない。更に、俊雄が運転補助者であった旨の抗弁についていえば、同人は、右のような状態にある被告高野に運転を依頼したのであるから、走行中同被告の居眠り運転による事故の発生を未然に防止する適切な措置を講ずべき義務があったといえるけれども、右義務は本来運転者に固有の義務であって、他人の補助を必要とする性質のものではないのであるから、俊雄と被告高野との間における特段の経緯から俊雄に右義務があったからといって、同人が運転補助者たる地位にあったとすることはできず、損害額算定につき右義務違反を斟酌すれば足りるのである。

(四)  よって、被告高野は民法七〇九条により、被告飛田、同会社はいずれも自賠法三条により、本件事故により生じた俊雄および原告らの損害を賠償すべき責任がある。

三  過失割合

右のとおりであって、俊雄は、被告高野が居眠り運転をしかねない状態にあることを知りながら一身上の都合により同被告に事故車の運転を依頼し、かつ、助手席に居て同被告の居眠り運転による事故の発生を未然に防止できなかった過失があり、これと同被告の過失との割合は、俊雄六、同被告四とみるのが相当である。

四  損害

(一)  俊雄に生じた損害

(1)  逸失利益

俊雄の死亡時の年令、稼働可能期間、月収および控除すべき生活費の額については当事者間に争いがなく、これによると、同人の死亡による得べかりし利益の額は、原告ら主張のとおり、四九七万六一〇〇円となり(年別複式ホフマン計算により年五分の割合による中間利息を控除、一〇〇円未満切捨)、同人の右過失を斟酌すると、被告らに請求しうる額は一九九万〇四四〇円となる。

(2)  慰藉料

原告らは、俊雄が死亡したことにより取得した慰藉料請求権を相続したと主張する。しかし、死者が自己の死亡による慰藉料請求権を生存中に取得するというのは、それ自体矛盾であり、民法七〇九条ないし七一一条を合理的に解釈するとき、法文上も右請求権の発生を否定しているものと解するほかないのみならず、かりに右請求権が発生するものと構成しうるとしても、右請求権は個人的人格的色彩の強いもので相続の対象となりえない一身専属権であると解するのが相当であるから、右主張はそれ自体失当である。よって、後記(二)の原告らの固有の慰藉料額としては、それぞれ一五〇万円の請求あるものとして判断することとする。

(3)  相続

原告美幸(当時四才)が俊雄の子であり、原告雪子が配偶者であり、他に相続人のいないことは当事者間に争いがなく、これによると、原告らは、それぞれの相続分に応じて俊雄の前記損害賠償請求権を相続し、その額は、

原告美幸において一三二万六九六〇円

原告雪子において 六六万三四八〇円

である。

(二)  原告らの慰藉料

≪証拠省略≫によれば、原告雪子の病状はさほど重くはなく出張先から深夜夫を呼び戻すほどのことはなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。これによると、同原告のいささか軽卒な行為が一家の不幸を招いたともいえるのであるし、また、被告高野の本件運転が本来俊雄や原告雪子への好意に発したものであること前示のとおりなのであって、これらの点は慰藉料の算定にあたって斟酌すべきである。しかるとき、俊雄が死亡したことにより原告らの受けた精神的損害を慰藉すべき額は、右のほか前記の諸事情に鑑み、それぞれ五〇万円とみるのが相当である。

(三)  損害の填補

原告美幸が自賠責保険金一〇〇万円、原告雪子が同五〇万円を受領したこと、原告らが被告高野から一〇万円の弁済を受け、これを固有の慰藉料に五万円ずつ充当したことは当事者間に争いがない。

(四)  弁護士費用

以上により、原告美幸は七七万六九六〇円を、原告雪子は六一万三四八〇円を被告らに請求しうるものであるところ、弁論の全趣旨によれば、被告らがその任意の弁済に応じないので、原告らは、法律扶助協会を通じて、弁護士たる本件原告ら訴訟代理人にその取立を委任したことが認められ、これによると、原告らは、相当金額の弁護士費用を負担することになるが、このうち被告らに賠償せしめるべき金額は、本件訴訟の経過に鑑み、原告美幸につき七万円、原告雪子につき六万円をもって相当と認める。

五  結論

よって、被告らは各自原告美幸に対し八四万六九六〇円、原告雪子に対し六七万三四八〇円および原告美幸分のうち七七万六九六〇円、原告雪子分のうち六一万三四八〇円に対しては事故発生の日である昭和四二年七月二二日以降、原告美幸分のうち七万円(弁護士費用)、原告雪子分のうち六万円(同上)に対しては訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年一月一八日以降各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は、右限度で理由があるからこれを一部認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 並木茂 小長光馨一)

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